横浜日独協会

揺らぐ世界の中で、いま日独が向き合うべきこと

横浜日独協会会長 成川 哲夫(2026年7月)

(1) はじめに

変質しつつある米国と、それに向き合う日本とドイツの立ち位置については、本誌でもこれまで何度か触れてきた。また今年1月の月例会でも、「永続対立の時代をどう生きるか」という題で、同趣旨の問題意識をお話しした。 改めてこの問題を取り上げるのは、今年2月末の米国によるイラン攻撃と、 その後のホルムズ海峡をめぐる緊張が、私たちの現実に直接つながる重みを持っていると考えるからである。

今回の事態は、単に中東の局地的危機にとどまらない。ホルムズ海峡の封鎖は、世界のエネルギー供給に大きな影響を与え、日本のように中東への依存度が高い国にとっては、きわめて深刻な意味を持つ。日本は石油備蓄を相応に有しているとはいえ、事態の正常化にはなお時間を要し、情勢次第では再び海峡が封鎖される可能性も否定できない。従来の前提が揺らいでいることは明らかである。 食料、エネルギー、サプライチェーンを世界の安定に依存してきた日本にとって、今回の危機は「米国を起点として、これまでの秩序が揺らぎうる」ことを示した。その意味で、日本の自律性を改めて考える必要があるだろう。

(2) 揺らぎ始めた戦後の前提

近時の国際情勢を眺めるとき、私たちが戦後長く前提としてきた世界の枠組みが、静かに、しかし確実に揺らぎ始めている。欧州に対する追加関税、ドイツ駐留米軍の削減、中東情勢をめぐる対応などを通じて、米国は同盟や国際協調を、 従来のような価値や秩序の共有という観点よりは、より強く取引の対象として捉えるようになっていると感じる。
もちろん、これをもって直ちにNATOや日米安全保障条約の意味が薄れたと考えるのは適切ではない。条約そのものはなお存在し、その枠組みも維持されている。しかし問題は、条約の有無ではなく、その政治的信頼性と実効性への確信が以前ほど自明ではなくなっている、という点にある。すなわち、「米国は当然に同盟国を守る」「同盟の下にあれば安心できる」という戦後の前提が、見直しを迫られているのである。

(3) ドイツが先に直面している現実

こうした現実に、日本よりも早く、しかもより痛切に向き合っているのがドイツである。ドイツは、ロシアから安全保障上の脅威を受け、中国には経済的に依存し、米国には安全保障の保証を求めながら、同時に通商面では厳しい圧力を受けるという、きわめて難しい立場に置かれている。 戦後長く続いた「平和の配当」の時代が終わりつつある現実に、ドイツは正面から向き合わざるを得ない状況に追い込まれていると言えるだろう。
ドイツはこれまで、対ロシアではエネルギー、対中国では市場、対米国では安全保障という形で、ある種の分業の上に繁栄を築いてきた。しかしウクライナ戦争以降、その前提は大きく崩れた。さらに米国が同盟国に対しても通商・安全保障の両面で圧力を強める中で、 ドイツは「ロシア・中国・米国」という三方向からの圧力を同時に受けている。ドイツの苦悩は、単なる一国の苦境ではなく、戦後型の依存構造そのものが限界に達していることを示している。

(4) 日本もまた例外ではない

しかし、日本も決してこの問題の外にあるわけではない。日本もまた、米国への安全保障依存、中国との経済関係、中東を含むエネルギー依存という意味で、構図としてはドイツと少なからず似た立場にある。 それにもかかわらず、日本ではなおどこかに、日米同盟があることへの安心感が残っているように感じられる。
今回の米国・イラン戦争に際し、欧州は米国と一定の距離を保とうとしたのに対し、日本は結果として傍観者のように映った面もあった。もちろん、日本外交には日本外交なりの配慮が必要であることは理解できる。しかし、国際秩序の揺らぎがこれほど直接に日本のエネルギー安全保障に跳ね返ってくるにもかかわらず、危機への備えや発信が、果たして十分であったと言えるだろうか。日本が再び戦争の惨禍に巻き込まれてはならないという思いは、戦後日本の出発点であったはずである。 今日、その切実さが社会全体として希薄になっていないだろうか。

(5) 日本にとっての日米同盟

日本にとって、日米同盟は、今後も日本外交・安全保障の基軸であり続けるだろう。しかし、それは「だから何も考えなくてよい」という意味ではない。同盟を維持しつつも、その前提条件が変わりつつあることを直視し、日本自身は欧州を含む価値を共有する国々との連携の幅を広げつつ、自助努力を強めていく必要がある。言い換えれば、日本に必要なのは、米国への全面的な依存の前提を見直し、より自律性を高めることに真剣に向き合うことである。 自律性とは、米国から距離を置くことそのものではない。そうではなく、米国との関係を保ちながらも、自らの判断力、防衛力、経済安全保障上の備えを強め、必要な場面では主体的に行動できる余地を広げることである。

(6) 日独比較から見えてくるもの

この点で、日独比較はきわめて示唆に富んでいる。 ドイツは、日本より先にその必要性を突きつけられ、今ようやく、米国との関係を保ちながらも自らの防衛能力や政策判断の自立性を強めるべきだという議論に本腰を入れ始めている。 欧州の対外政策関係者の間では、日本が中長期的に連携を強化すべき相手として高く評価されていることも指摘されており、日本はもはや単なるアジアの一国ではなく、 欧州にとって重要なパートナーとして認識されつつある。こうした変化は、日本にとっても見逃すべきではない。
日本とドイツは、歴史も地理も異なる。しかし、米国との関係、中国との距離、エネルギーの脆弱性、成熟経済としての停滞感という点で、両国は多くの共通点を持つ。その両国が同時に「依存の前提を見直す」必要に迫られているのであれば、そこには偶然以上の意味があるはずである。ドイツの苦悩は、日本にとっての先行事例であり、日本の悩みもまたドイツに通じる部分を持っていると言えるだろう。

(7) 自律性とは何か

では、自律性を高めるとは具体的にどういうことか。それは、防衛力の問題だけに限らない。エネルギー調達の多様化、サプライチェーンの見直し、先端技術・情報インフラ・重要物資の確保、さらに外交の選択肢を広げる努力など、国家運営の全体に関わる課題である。企業にとっても、市民にとっても、これまでより高い安全保障コストや経済的負担を引き受ける覚悟が必要になるだろう。
この点で、日独両国に共通しているのは、長く「平和の配当」に支えられてきたために、そうしたコストを自覚しにくくなっていることである。 だが、いま世界を見渡して楽観的に構えていられる国はほとんどない。だからこそ、日本もまた、厳しさを直視しつつ、それでも前向きに備えを進めていく必要がある。

(8) おわりに―何を守り、何を改めるのか

日本は、米国への感情的な反発や、逆に根拠の乏しい安心感のいずれにも流されることなく、冷静な現実認識の上に立って、どのように自国の立ち位置を再構築していくかを考えなければならない。
いま問われているのは、米国の変質を前提としつつ、それでも自由と平和を守るために、何を守り、何を改め、どこまでの負担を引き受けるのかという覚悟である。日米同盟を大切にしながらも、それに全面的に依存する発想からは踏み出さなければならない。日本に必要なのは、依存を続けることではなく、依存を相対化しうるだけの自律性を、一歩ずつ着実に高めていくことである。 ドイツの現実を鏡として見つめるとき、その課題の重みはいっそう鮮明に浮かび上がってくる。

会長記事一覧へ

横浜日独協会情報

〒247-0007
横浜市栄区小菅ケ谷 1-2-1
 地球市民かながわプラザ
 NPOなどのための事務室内
事務局:津澤
お問い合わせフォーム
入会案内
入会申込フォーム

個人情報保護方針
NPO法人関連書類