連載記事「文化コラム」 横浜日独協会常務理事 寺澤 行忠
文化コラム12 海を渡った日本文化の広がり(2)
パリ国際大学都市・日本館
国際大学都市は、1925年にフランスの文化大臣の提唱によって建設されたもので、世界各国の学生や研究者に宿舎を提供し、文化や学術の交流を推進することを目的としている。34ヘクタールの広大な土地に40の建物があり、
その中にはハインリッヒ・ハイネ(ドイツ)館、アメリカ館、インド館などとともに日本館がある。敷地内には、郵便局、レストラン、図書館、プール、テニスコート、体育館などが整備されている。全体で130か国、約5,500人の学生や研究者が居住している。
駐日フランス大使を務めた劇作家、詩人のポール・クローデルの提唱で、実業家・薩摩治郎八の資金援助によってつくられた日本館は、日本古来の城壁を模した7階建の建物で、館内には藤田嗣治の大作が飾られている。
建物は周囲に作られた日本庭園と共に、国際大学都市の一角に、日本的な雰囲気を醸し出している。
こうした施設は、学術研究や文化交流を側面から強力に支援するもので、文化に対してフランスがもつ見事な見識である。
イリノイ大学「日本館」
アメリカのイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校には、大学から提供された土地に、大きな日本庭園を持つ「日本館」(ジャパンハウス)が建設されている。建物には「清光庵」など2つの茶室や、10畳大広間などもある立派な施設である。
1964年に佐藤昌三名誉教授がイリノイ大学に招かれ、日本のさまざまな伝統文化を24年にわたって教えた。その後を郡司紀美子教授が引き継ぎ、茶道その他の日本文化の指導にあたった。講義にはさまざまな専攻の学生が集まる。春と秋に、地元の人々を数百人招いて茶道や生け花のデモンストレーションを行うなど、
日本文化関連のイベントを通じて、対日理解の促進を図る大きな拠点になっている。
ニューヨーク・ジャパンソサイエティー(日本会館)
1907年に創設され、100年余りの歴史を持つ。国連本部に近い現在の建物は、ロックフェラー3世が無償で土地を提供、吉村順三の設計で、1971年に完成したものである。
日米間の相互理解と友好関係を深め、日本の思想、芸術、科学、産業、経済環境に対するアメリカ人の理解を促進することを目的として活動する。日米各界より著名人を招いて講演会やパネル討論会を催したり、
展覧会・映画を開催したりするなど、多彩な活動を行っている。
日本語講座の受講生の年間登録人数は2,000人を超える。図書館は、日本について主に英文で書かれた書籍、約14,000冊を所蔵している。
ロサンゼルス・日米文化会館
リトル・トーキョーに、日米文化会館がある。日本の格調高い芸術、精神面の伝統を継承し、日本文化を広くアメリカに紹介、普及することによって日米間の相互理解を深め、日米友好関係を強化することを目的に、1980年から83年にかけて建設された。
6階建ての本館、880席の劇場、イサム・ノグチのデザインによるプラザなどから成る。ここで竹細工展、浮世絵作家展、益子焼展、漆塗り展、沖縄のテキスタイル展など、さまざまな催しが行われる。展示会を開くと、1か月で約3,000人の入場者がある。
ロサンゼルスにおける日系社会の文化センターの役割を果たしている。
北京外国語大学「日本学研究センター」(大平学校)
1979年に当時の大平正芳首相が北京を訪問した際、日本語教育の支援を約束した。ODA援助のかたちで5年間に10億円が投じられた。 この「日本語研修センター」は、のちに大平首相に敬意を表して、「大平学校」と呼ばれるようになった。
その後大学院を加えて、「大平学校」を継承・発展させたのが北京外国語大学「北京日本学研究センター」である。ここからの卒業生が、いま中国における日本語教育と日本研究の中核的人材となっている。
中国における日本語学習者は年間100万人、訪日客は800万人をともに超え、国別にみると最多である。政治が難しい局面にあっても、それを跳ね返すのは、一般国民の間に築かれた強い絆なのであり、長い歴史を持つ隣国との親善、
協調に力を注いだ大平元首相の施策は、未来を見据えた慧眼というべきであろう。
文化コラム11 海を渡った日本文化の広がり(1)
森鷗外記念館
鷗外は1884年から88年にかけて、政府派遣の留学生としてドイツに学んだ。何度か下宿を変えているが、1887年4月から2か月ほど滞在したベルリンの建物の2階の数室が、現在森鷗外記念館として公開され、居室が見学できる。建物の外側に「鷗外」と書かれた文字が、目印になっている。ここには鷗外研究論文や、翻訳された鷗外の作品など、1300件以上の文献や資料が所蔵されている。
年間約3,000人の見学者があり、かつて皇太子殿下や中曽根首相(当時)も訪問された。
カイザースラウテルン・日本庭園
フランクフルトの南西約100キロほどのところにあるカイザースラウテルンに、13,500㎡の池泉回遊式のヨーロッパ最大規模の日本庭園がつくられている。1998年に竣工した。日本茶室もあり、花見、月見、七夕祭り、子供祭り、和太鼓の演奏、日本舞踊、日本料理の販売、コスプレ大会など様々な行事が行われる。
休日には大勢のドイツ人が家族連れで訪れ、賑わっている。
ケルン・日本文化会館
日本政府によって1969年に設置されたもので、日本文化の紹介、日本理解の促進、日独交流などさまざまな活動を行う、日本文化発信の拠点である。館の内外で、展覧会、コンサート、舞踊、映画会、講演会、シンポジウム、日本語講座、日本語能力試験などを催している。図書館には日本社会、文化、言語に関する図書が2万数千冊あり、年間7000人以上が利用する。その多くはドイツ人である。
ドレスデン美術館
ドレスデン美術館の一角にあるツヴィンガー宮殿に、大量の日本の磁器が収蔵されている。
その収集は、主に1715年から1717年ごろの間に、ザクセン選帝侯フリードリヒ・アウグスト1世、世にいうアウグスト強王によって行われた。当時日本と交易のあったオランダ商人が日本から買い付けたものを、アウグスト強王が購入したのである。
当時の王侯貴族の世界では、特別な部屋を日本や中国の磁器で飾り立てることが流行していた。
ここには1721年に書かれた収蔵品目録が残っており、購入したものが台帳に番号を付して記録してある。現在日本の磁器を約3,500点収蔵しているが、展示してあるのはそのうちのごく一部で、多くは収蔵庫に大切に保管されている。コレクションの中で最も多いのが、有田でつくられた金襴手の古伊万里である。これらは輸出を意識して作られており、ヨーロッパ趣味が濃厚に出ている。
この日本や中国の磁器を手本に、マイセン初期の磁器が生み出されるのである。
ドイツ「恵光」日本文化センター
仏教伝道協会や(株)ミツトヨの創業者、沼田恵範によって1993年にデュッセルドルフに設立されたもので、 約10,000㎡の広大な敷地に本堂、茶室のある日本家屋、講演会場、多目的ホール、日本庭園などを備える。
ここで学術シンポジウム、講演会、研究会、読書会、座禅会、展覧会、演奏会、映画会、書道、生け花、日本舞踊、茶会などさまざまな催しが行われている。伝道より文化交流が中心で、民間の施設ではあるが、日本文化を紹介する一大センターになっている。図書館には思想や芸術を中心に1万点以上の図書があり、一般にも開放されている。
この施設の施工を担当された柄戸正会員に『ドイツ恵光寺の建築物語』(2018年6月、静人舎)がある。
デュッセルドルフ・日本デー(ヤーパン・ターク)
2002年から行われる、一日かけての日本紹介イベントである。書道、着付け、折り紙、生け花、和太鼓、日本舞踊、将棋、囲碁、相撲、茶道、剣道、柔道、空手、弓道、コスプレ大会、ファッション・ショー、カラオケ大会、 アニメ・マンガの紹介など、盛り沢山の企画が実施され、約75万人の人出がある。人気の目玉は、フィナーレの日本人花火師による花火大会である。
文化コラム1~10は、こちらをご覧ください。
