横浜日独協会

ソビエト連邦/ロシアという国への一考察(2)

横浜日独協会会長 成川 哲夫(2023年7月)

私がソ連/ロシアという国との関わりを持ったのは、私が旧興銀で1982年に国際本部に異動し、東西ドイツ及びその周辺国とそして東欧/ソ連を担当することになった時である。

(1)当時の国際本部の主要な役割の一つは、国別exposure(貸出残高)とそしてカントリーリスクの管理であった。ただ、当時のカントリーリスクの考え方は、どちらかというと、その国の経常収支等の支払能力の分析に重点が置かれ、その国の政治経済、更に社会面への分析に欠けていた。ロシアのウクライナ侵攻によって明らかになった事は、金融機関に限らず、特に海外にサプライチェーンを展開している一般企業においては、経済安全保障を重視したカントリーリスクに真剣に向き合わなければならないということである。 ただ私が国際本部にいた当時は、金融機関にとってソ連は貸出金に対してデフォルト(債務不履行)となるリスクは低い国と考えられており、むしろ主要な懸念はソ連の衛星国であった東欧諸国への融資の状況であった。私が国際本部に移った直後、ポーランドへの貸出のリスケジュール(支払繰延交渉)が開始され、国際部門を強化していた邦銀に大きな衝撃を与えた。ポーランドに続き、ユーゴスラビア、ルーマニアと東欧諸国のリスケジュールが発生し、その対応に追われる日々となった。

(2)1985年にフランクフルトにあったドイツ興銀に赴任し、そこで東西ドイツやオランダ等に加えソ連・東欧諸国も担当することとなり、ソ連には契約交渉のため何度も赴くこととなった。冷戦中のアメリカの対ソ連経済制裁の柱は、対共産圏輸出統制委員会(ココム)だった。それはソ連の軍事力強化に直結する戦略物資の輸出を禁止するものだったが、実需を背景とした金融の提供にはそれほどの制約はなかった。ソ連に対する融資で圧倒的に多かったのは、ソ連が日本から物資を購入するための資金をソ連の外国貿易銀行にバンクローンという形で提供することであった。 当時東欧諸国には西側資本のホテル等が既にあったが、モスクワにはそうしたホテルもなく、訪問するたびに、容易に前言を翻す契約交渉、日常生活面での生活必需品の不足と粗悪さ、行動の制限や電話の盗聴等、西側諸国とは全く異なった価値観とそして統制が行われている「鉄のカーテン」の向こうにあるソ連という国について、単に融資の対象先としてではなく、日本(人)としてどう向き合っていくべきなのかということを考えた。

(3)その時私の大学時代の友人で、大学の研究者の道を選んだS氏から、ジョージ・F・ケナンの著書を強く勧められ、これがその後の私のソ連/ロシア理解のバイブルとなった。友人から渡されたのは、「ジョージ・F・ケナン回顧録―対ソ外交に生きて」(読売新聞社)であった。

ロシアによるウクライナ侵攻が長期化する中、今後の対ロシア関係をめぐる米国内の議論で「封じ込め」という言葉が再び聞かれるようになった。ソ連専門の米外交官、ジョージ・F・ケナンが、1947年匿名「X」の名前で米外交専門誌「フォーリン・アフェアーズ」に寄稿した論文の中で、「封じ込め(containment)」という言葉を使い、対外膨張傾向の強いソ連指導部の行動原理とその対応策を提示した。米の冷戦期対ソ外交に影響を与えた論考である。ケナンはソ連の歴史的背景を分析した上で、ソ連の指導者たちにとって、ロシア革命は依然進行中であり、共産党は権力を絶対化するプロセスの中にあり、諸外国がソ連に執念深い敵意を抱いている以上、共産党は、ソ連国内で無限の権力を追求する必要があると考えた。その一方、ソ連の指導者たちは共産主義というイデオロギーの正当性に揺るがぬ長期的な信頼を寄せていたため、短期的な日々の交渉では現実主義的な妥協もいとわない、と指摘した。

その論文の中で、「ソ連指導部の権力基盤には、資本主義と社会主義との間に「内在的敵対関係」があるとの考えが浸透し、独裁政権を存続させるため「外国が執念深い敵意をいだいているという半神話」を育んでいるとし、ソ連外交の特徴を「辛抱強い首尾一貫性」ととらえ、アメリカ側は「膨脹傾向に対する長期の、辛抱強い、しかも確固として注意深い封じ込めでなければならない」と強調している。

その後の冷戦の展開は、必ずしもケナンが想定していた通りではなかったが、冷戦が最終的にソ連体制の自壊で幕を閉じたのは、ケナンの歴史を直視しソ連体制の病理を見通して対処方針を描いた青写真が、冷戦の初期からアメリカ政府に影響を与えたことが大きかったのではないだろうか。

(4)ロシアのウクライナ侵攻を契機に、西側諸国は、中国・ロシアとの冷戦に突入したといえるだろう。ロシアのウクライナ侵攻に対して、西側は厳しい経済制裁を科し、ウクライナを支援している。ロシアのプーチン大統領は、核兵器の使用にすら言及して、西側を牽制している。一方に、このロシアをも上回る国際秩序への挑戦者として、中国が認知されているのである。
では今西側諸国に「中国の行動の源泉」を描ける新しいケナンはいるのだろうか。(3へ続く)

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