横浜日独協会

ソビエト連邦/ロシアという国への一考察(4)

横浜日独協会会長 成川 哲夫(2024年4月)

(1)日本への帰国
1991年10月私は6年半のドイツ駐在を終え日本へ帰国した。91年10月に悲願の東西ドイツ統合を成し遂げたドイツを去るのは後ろ髪を引かれる思いであったが、 「日本は確実に金融危機に向かう。日本でやるべき仕事がある。」と当時のドイツ興銀社長のH氏に背中を押されて帰国し、企業やプロジェクト分析を行う審査部(企業調査部)に復帰した。日本では90年の初めに始まったバブル崩壊によって引き起こされた企業の不良債権の急増は、 いわゆるバランスシート調整によって金融機関を追い込みつつあり、金融危機は既に始まっていた。

(2)ロシアとの債務交渉
一方で、ロシアとの債務交渉は、1992年から1997年にかけて行われ、私も西側金融団とロシア側の交渉に参加したが、債務交渉は困難を極めた。ロシアはソ連の対外資産と金準備を引き継ぐ代わりにその全債務を引き受けることを承諾したが、その狙いはソ連の後継者として世界に広がる大使館や、国連での地位をどうしても承継したいと考えたからである。1991年のソ連崩壊後ロシアは対外債務700億ドルの履行責任を負ったが、債務の大半はペレストロイカ(改革)で民主化が推進された85年から91年に生じ、 その履行は90年代に財政圧迫要因となっていた。

(3)債務交渉の合意
債務交渉は難航したが、最終的には1997年4月に合意が成立した。主要な合意内容は以下の通りである。
①ロシアは1998年までに約300億ドルの債務を返済する。②金融団はロシアの債務の約45%を免除する。③金融団はロシアに対する新規融資を再開する。 ④ロシアは経済改革と民主化の継続を約束する。

この合意はロシアにとって債務負担を大幅に軽減し、国際金融市場への復帰を意味するものだった。金融団は最終的にロシアの信用力を回復させ、債権回収の可能性を高め、西側諸国とロシアとの経済協力と政治対話を深めることが必要と判断した。しかし、結局この合意は長期的な解決にはならなかった。その後ロシアは深刻な経済問題に直面し、98年8月にはデフォルト(債務不履行)に陥った。この危機は世界的な金融不安を引き起こしたが、皮肉なことに自由化を睨んだ西側企業からの技術支援による石油天然ガス生産量の増加と更に2000年代初頭の世界的なエネルギー価格の高騰により、ロシア経済は復興を遂げることになる。

(4)IMBの設立と旧興銀の参加
一方で国際金融界では、ロシアをめぐる新しい動きがみられた。ロシアで西側銀行への門戸が開かれ、数多くの銀行がモスクワへの進出を試みた。 1989年10月、欧州の銀行4行がロシアと合弁でモスクワにInternational Moscow Bank(IMB)を設立した。これはロシアの民主化と自由主義経済化の中で、西側企業の活動を支援する目的で設立された。出資銀行はフィンランドのMerita、ドイツのHypoVereins、イタリアのBCI、オランダのRabobankであった。

95年11月、旧興銀もIMBに出資、これは邦銀としては初のロシアの銀行への出資であった。西側銀行が各12%の6割のシェアを持ち、ロシア側は4割で、ロシアでの西側民間銀行の活動は初めてであった。 私は出資を主導した当時の黒澤頭取から意見を求められたが、「ロシアの民主化、自由化は極めて困難で、再びロシアはソ連とは違った形の強権体制に戻る可能性が高い。 西側銀行の市場としては期待できない。」と否定的な意見を述べた。黒澤頭取には、民主化、自由化したロシアが欧州と一体となったユーラシアの更なる発展への大きな期待があったのだろう。しかし残念ながら私の予測の方が正しかったと言える。

私が1997年にドイツ興銀社長としてフランクフルトに着任すると、それまで本店国際本部長が兼務していたIMBの非常勤取締役のポストを引き継ぐこととなり、月一回の取締役会のためにフランクフルトとモスクワを往復することになった。 私の着任時、IMBの頭取はMerita銀行出身者であり、ロシアもNATO非加盟国フィンランド出身のトップを認めたのだ。しかしフィンランドこそ、ロシアとの激しい紛争を通じて最もロシアを警戒している国である。だからこそ、ロシアのウクライナ侵攻後直ちにNATO加盟を決断したのだ。

旧興銀のIMBへの出資は、ロシア市場へのアクセス拡大と日本企業の支援を目指した試みであり、経済的な橋渡しの役割を果たすことが期待されたが、政治的な不安定さや経済環境の変動性、文化的な違い等、多くの障壁によりその目的は達成されなかった。 旧興銀の試みは、新興市場、特に政治的・経済的に不安定な地域におけるビジネスの難しさを示している。特にロシア市場の潜在性を追求しようとした苦い経験は、強権国家への将来の国際投資におけるリスク評価や戦略立案の貴重な教訓と言えよう。(続)

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